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“奇跡の生物”ミドリムシの屋外大量培養・製品化を世界で初めて実現(株式会社ユーグレナ・社長 出雲充氏) 月刊「ニュートップL.」 2012年8月号

吉村克己(ルポライター)

キラリと光るスモールカンパニー


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藻類の一種でありながら、自ら移動することのできる不思議な生き物「ミドリムシ」が将来的に危惧される人類の栄養や燃料不足、二酸化炭素の増大といった問題を解決する救世主になるかもしれない。
世界で初めてミドリムシの屋外大量培養を実現したユーグレナの出雲充社長にミドリムシ活用の可能性と、これまでの苦闘を聞いた。


◇    ◇    ◇


sc19_2単細胞の微細藻類の一種で、ラテン語の「ユーグレナ=美しい目」という優雅な学術名をもつ不思議な生き物であるミドリムシが、人類の救世主になるかもしれない。

ミドリムシは植物のように光合成を行なうが、栄養分を体内に蓄積するとともに、鞭毛(べんもう)を使い、細胞を変形させて動物のように動くことも可能である。外界からえさを摂取することなく、水と光と二酸化炭素さえあれば生きることができる。

ビタミン、ミネラル、アミノ酸、あるいは魚に多く含まれるDHAやEPAといった不飽和脂肪酸など、人間が必要とするほぼすべての栄養素59種類を含有しており、植物のように細胞壁をもたないため、摂取すれば消化率93%とその栄養素のほとんどを消化吸収できる。人間にとって〝完全食〞と言えるのである。

粉末1グラム(ミドリムシ約10億匹分)で、人間が必要とする1日分の栄養素をまかなえる。たとえば、ほうれん草50グラム分の鉄分、豚レバー50グラム分のビタミンB1、さんま50グラム分の葉酸などが含まれているという。

二酸化炭素濃度が大気中の約1,000倍という環境でも成長でき、二酸化炭素の吸収・削減能力は熱帯雨林と比較して敷地面積当たり数倍というデータもある。さらに、成長する際に油脂分をつくり出し、細胞内に蓄積する性質も備える。その油はジェット燃料に適した炭素構造をもつ高品質のバイオ燃料になり得るため、実用化に向け研究が進んでいる。

ミドリムシは食糧、二酸化炭素削減、燃料への転化という、人類にとって一石三鳥の機能がある奇跡の生き物なのである。

学生時代にミドリムシに着目し、大学卒業後に世界で初めて屋外大量培養とビジネス化に成功したユーグレナの出雲 充(いずも みつる)社長(32歳)はこう語る。

「未来における人類の様々な問題を解決し得る力をもつミドリムシは、いまから約5億年前に地球上に誕生し、17世紀にオランダ人の研究者によって発見されました。豊富な栄養素をもつことは古くから知られており、90年代以降、日本でも盛んに研究されてきたのですが、大量培養できず、夢物語だけが先行して語られていました」(以下、発言は同氏)


ミドリムシだけ繁殖する酸性培地を初めて開発

sc19_3栄養価が高いミドリムシは、人間だけでなく細菌やバクテリア、プランクトン、昆虫などにとっても〝ごちそう〞である。これまでの培養実験では、外部から生物が侵入してミドリムシを食べ尽くしてしまい、大量培養を実現できなかった。研究者たちは外界の天敵を排除しようとクリーンルーム環境をつくり、その中で培養を試みたが成功することはなかったという。

「半導体のクリーンルームであれば虫が1匹入り込んでも問題ないでしょうが、ミドリムシは生き物なので、たった1匹の虫によって環境がぶちこわしになってしまいます。つまり、不純物ゼロのクリーンさが求められるのですが、そうした状態は現実的にはあり得ない。ゼロをめざせば膨大なコストがかかりますが、リスクは拭いきれません。その培養法の延長線上に成功はないと思い、まったく異なる方法を試しました」

出雲社長によれば、従来のやり方では小さじ1杯程度のミドリムシを培養するのに1か月かかっていたという。これでは実用化は不可能である。だが、自然界にミドリムシしか繁殖できない環境があるはずだと考えた。そうでなければ、天敵に食い尽くされ、すでに絶滅しているはずだ。ミドリムシは100種類ほど存在し、中には人の胃酸のような強い酸性の環境でも溶けずに生きられる種もある。

「ミドリムシだけが繁殖できる特殊な培養液をつくろうと考え、研究を続けました。同じようなアプローチをしていた研究者はいなかったと思います」

当時、出雲社長は東京大学文学部に在籍していたが、農学部に転じて農業構造経営学を学びながら研究を続けた。つまり、生粋の研究者ではない。東大時代に出会って、ともにユーグレナを設立した鈴木健吾取締役も農学部出身だが、ミドリムシを専門に研究してきたわけではなかった。両者とも専門家でなかったことが、逆に独自の発想につながったという。

2人は日本国内の大学などの協力を仰ぎながら、3年ほど研究を続け、2005年12月、ミドリムシだけが繁殖する培地(微生物などの生育環境が整えられた器など)の開発に成功。世界初の快挙だった。

現在、沖縄県石垣島に建てた生産工場の培養設備で大量にミドリムシを育て、食用粉末に加工。年間で最大60トンの生産能力をもっているという。

ユーグレナでは、ミドリムシの粉末を使った製品を自社販売しているが、ほかにも製品や粉末を伊藤忠商事やOEM(相手先ブランド)を通じて販売・供給している。機能性食品やクッキー、飲料などの添加材料として利用されている。

自社の直販サイトで扱っている製品には、ダイエットクッキー(35枚入り、3,150円)、ビール酵母と乳酸菌も配合したサプリメント(30包、6,825円)などがある。クッキーを試食したが、青臭さなどはなく美味だった。機能性食品事業は順調に伸びており、出荷額は右肩上がりだという。

新たな売上の柱として期待されるのが化粧品事業だ。ミドリムシを加水分解してできるエキス「リジューナ」を化粧品メーカーに試験的に販売しており、化粧水や乳液、クリームなどに添加されている。リジューナは、紫外線に対する防御力の強化、美肌効果、髪の修復などに力を発揮するという。

1998年、東大文科三類に入学した出雲社長は、「まさか自分がミドリムシにのめり込むことになるとは思っていなかった」と言う。大学1年の夏休みにバングラデシュへ旅行に訪れたことが人生を変えた。

バングラデシュ旅行で知った貧困の現実

「貧困も飢餓も栄養失調も同じだと認識していましたが、バングラデシュでは貧しいとはいえ皆、毎食カレーを腹いっぱい食べていたんです。米はたくさん収穫できるし、カロリーは足りていました。問題はビタミンや鉄分、カルシウムなどの栄養素が不足すること。子供たちなどは免疫力が低下して病気になりやすくなることだったんです。貧困によって起きているのは飢餓ではなく、栄養素の不足、つまり栄養失調なんだと恥ずかしながら初めて知りました」

アフリカでも飢餓に襲われているのは、内戦地帯など限られた場所である。世界中で10億人に及ぶ栄養失調の人たちを救う食品を見つけたいと思うようになったのだという。

「人気マンガ『ドラゴンボール』に、1粒食べれば元気を回復する万能食品として、『仙豆(せんず)』という豆が登場します。そういうものがあったら皆を救えるのに、と願うようになりました」

帰国後、出雲社長は〝仙豆探し〞を始めた。大学3年進級時に農学部へ転部したのはそのためだ。あるとき、生物の分類の講義を受講し、植物と動物の両方の性質をもつミドリムシの話を耳にして、出雲社長はピンときたという。

両方の性質があるなら、植物と動物の栄養素を兼ね備えているのではないか。入学時からの知り合いだった鈴木取締役に聞いてみると、「ミドリムシに豊富な栄養素が含まれているのは有名な話だよ」と言われた。調べてみると、確かに数多くの論文があって栄養素が豊富であることがわかり、これこそ求めていた〝仙豆〞だと確信した。このとき、出雲社長は20歳。鈴木取締役を誘ってミドリムシの大量培養を模索し始めた。

「過去20年、成果が出ていなかったけれど、私がそのとき20歳で、あと20年研究すればできるだろうと思ったんです。何事も楽観的な性格で、気軽に始めて後で痛い目を見ることも多いんですけどね(笑)」

2人は過去の研究論文を勉強すればするほど、簡単ではないことがわかってきた。論文だけの情報では物足らず、全国の研究者に話を聞くため、夜行バスに乗っては各地を訪ねて回った。だが、芳しい結果の出ていない研究の話など誰もしてくれない。ましてや、データの提供を依頼しても断られるのが常だったという。

結局、研究に大きな進展もないまま出雲社長は大学を卒業し、02年に東京三菱銀行(当時)に入行。都内の社員寮で暮らすようになったが、毎晩、仕事が終わると大学で研究を続けていた鈴木氏の自宅に駆けつけ、一緒に研究し続けた。

「当初は、表の顔は銀行員、裏の顔はミドリムシ研究家と、まるで地球を救うヒーローのような気分で高揚していましたが、いつまで経っても成果が出ませんでした。銀行の仕事も楽しく、忙しくなってきたこともあり、実はミドリムシの研究をあきらめようかと思ったこともあったんです」

退路を断って研究に邁進する

sc19_402年頃から培地の研究を始めていたが、ミドリムシに関する基礎データが不足していた。出雲社長は、改めてどちらの道を選ぶか、自身の将来について考えた。銀行員のほうが順風満帆の人生を歩めるだろうが、そこで下した決断は逆だった。

「ミドリムシを捨てて銀行に身を埋(うず)め、私が課長になった頃、『ついにミドリムシの大量培養に成功』とニュースで知るなんて悔しいと思ったんです。私がやらなくても、きっと他人が実現するに違いないと思っていましたから。それなら、二股をかけることはやめて、本気でミドリムシに取り組もうと決意しました。裸一貫になれば女神もほほえむはずだと思ったんです」

03年、東京三菱銀行を退職して退路を断った。両親は息子の行く末を心配したが、出雲社長が覚悟を示したことで、周囲のほうが変わっていった。次々と協力者が現われ、研究者を紹介してくれたという。

ユーグレナ研究会というミドリムシ研究に携わる研究者団体とも学生の頃から接触しており、当時、会長だった中野長久(よしひさ)教授(現・大阪府立大名誉教授)が出雲社長の決断を知ると、「いまが日本でミドリムシ研究を続けるか、止めるかの境目だ。会員は出雲君に協力してほしい」と全国の研究者に呼びかけてくれたという。

これが追い風になった。05年のことだ。会員は積極的にデータを提供してくれ、研究が飛躍的に進んだ。こうして05年末には、期待通りの培地の開発に成功した。

だが、出雲社長の闘いはまだ続く。05年にユーグレナを設立するが、注文は一向に入らない。商社や食品メーカーなどを回るが、「他社が採用したら、うちも採用する」と判で押したような答えが返ってきた。

ようやく日の光が差したのは、08年のことである。伊藤忠商事の担当者が熱心に社内を説得し、ミドリムシの取扱いが決まった。次いで、新日本石油(当時)と日立プラントテクノロジーがミドリムシ由来のバイオ燃料からジェット燃料を開発する共同研究に合意した。これが日経新聞で報道されると、注文や共同研究の問い合わせが殺到したという。

行政も強い関心をもち、経済産業省が全面的に協力。ジェット燃料の研究や、沖縄電力と提携した火力発電所の排出ガスを使ったミドリムシ培養の実証実験への支援も決まった。12年からは、東京都水道局とのミドリムシを使った下水処理の共同実験も始まっている。

いまや、ユーグレナは引く手あまたの人気ぶりだ。火力発電所で二酸化炭素を吸収して成長したミドリムシを養豚や養鶏の飼料に用いれば、食料自給率の向上にもつながる。

出雲社長は2030年までに本格的な「ミドリムシ社会」の仕組みを国内に構築し、発展途上国の支援に乗り出したいと考えている。「ミドリムシで皆を元気に」という願いを世界で実現する日が待ち遠しい。

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