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公開日:2011年4月6日

国内市場が冷え込むなか 攻めの経営で勝ち残る 加賀屋会長・小田禎彦 月刊「ニュートップL.」 2011年3月号

清丸惠三郎(ジャーナリスト)

トップリーダーたちのドラマ


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昨年暮れ、台湾の北投(ペイトウ)温泉に、和倉温泉(石川県七尾市)の旅館加賀屋の分店・北投加賀屋が開業した。ホテルはともかく、国内資本の温泉旅館が海外へ進出するのはきわめて珍しい。多分、初めてではないか。

drama2_001いうまでもなく加賀屋は能登随一の大型高級旅館として知られ、旅行関係の「プロが選ぶ日本の旅館・ホテル100選」では現在まで31年連続日本一に選ばれている。
過日、九州に住む知人が泊まったところ、「おねえさん」と呼ばれる客室係の女性が同じ九州出身で、話もはずんでたいへん楽しかったと話していた。もちろん知人が九州から来たことを知っていて、そういう配置にしたのである。こうしたこと一つとってみても、全232室1274名収容の大型旅館でありながら、加賀屋のもてなし、顧客サービスのきめ細やかさが理解できる。

その加賀屋の台湾進出だが、推進した小田禎彦(さだひこ)会長によると台湾のマンション開発業者である日勝生活科技から「是非出てきてほしい」と話があって、フランチャイズ契約を結んで進出することになったのだという。オープンした日勝生加賀屋は地上14階、地下4階建てで、客室数90室。台湾では珍しい日本式大浴場、会議室などが併設されている。

宿泊料金は2人部屋で1泊2食付、およそ67,000円から。これは台湾の大卒初任給とほぼ同じだそうだ。それにもかかわらず予約は順調だという。


トップ営業で台湾市場を開拓

実は加賀屋は国内の温泉利用客がかげりを見せ始めたバブル崩壊直後から、海外からの利用客増、業界でいうインバウンドの強化に取り組んできた。ことに1995年から個人所得が伸びていた台湾に目を向け、積極的な顧客誘致に乗り出した。小田によれば「台湾トヨタのインセンティブ・ツアーがきっかけだった」という。台湾では日本以上に成績優秀者や取引先を招待する企業のインセンティブ・ツアーが盛んなことを知り、小田は自ら現地に赴き、企業、代理店に積極的に働きかけたのである。

結果、毎年7000~8000人が台湾から加賀屋へ訪れるようになった。しかも13年間で13回も訪れた人を筆頭に、これまでに6、7回来たという人が続出、「台湾の人は温泉好き」であるとともに、台湾でももてなしを評価するファンが著増(ちょぞう)していることを、あらためて加賀屋では確認できたのである。

とはいえ、モニター調査をしてみると、「もてなしを含め、日本と同じ本物をもってきてほしい」という声が多いながら、例えば畳のイグサのにおいが嫌いだとか、細かく見るとさまざまな障害があったという。そうしたことを一つひとつクリアして、今回の台湾進出となったのである。

今では関東関西問わず、温泉好き旅行好きで、加賀屋の名前を知らない人はないだろう。しかし創業こそ1906(明治39)年だが、旅館としての名声を得たのは戦後になってからである。小田会長の母親で、女将をつとめていた孝(たか)が、今日の名声を培う土台となる顧客第一主義、「おもてなし」を徹底したことが原動力になっている。

もっとも顧客第一主義というのは、旅館経営者であれば誰でも口にすることである。しかし小田が「本質的なサービスは、正確性と顧客の立場でのホスピタリティです」と語るように、加賀屋では宿泊客が求めることを的確につかみとり、客の立場に立ってサービスに努めるよう接客担当者をしっかり教育している。

上からの指示だけでなく、先にあげた「おねえさん」の自主性も尊重している。例えば彼女たちは、お客さんの結婚記念日だと聞けばお祝いの品を渡し、亡くなられたご主人の写真を見つけるとささやかな陰膳を手配するといった具合だ。対して、加賀屋では彼女たちが安心して働けるように託児所付き寮を用意したりしている。一方的な命令体系になっておらず、「社員も満足できる」ことが加賀屋の高度なもてなしを可能にしているといっていいだろう。

実は記者が小田に最初に会ったのは、1988年に加賀屋が80億円をかけて建てた「雪月花」が完工し、都内のホテルでお披露目があったときのことだ。『天皇の料理番』などの作品で知られる七尾市出身の直木賞作家・杉森久英に紹介されたのである。普段、あまり人のことを褒めない杉森が「小田さんは根性が座っている。なまじっかの旅館経営者ではこれだけのものを建てられないよ」と語っていたのを覚えている。


積極経営で顧客層を拡大

当時、小田は48歳。その7年前に、「能登渚亭」を30億円投じて造っている。宿泊産業は設備産業の側面をもつ。しかし巨大な資本を有する大手ホテルでさえ、なかなかそれだけの設備投資はできない。痩せ型でひょうひょうとした印象の小田に、どこにそれだけの度胸と決断力があるのか。杉森が喝破したように、根性すなわち土性骨が座っているからにちがいない。

しかし、長引く不況で国内観光産業は疲弊しつくしている。温泉旅館も寒風にさらされ、倒産が相次いでいる。加賀屋でも年間客室稼働率が八割を超えているものの、客室単価は一割以上下がっているといわれる。こうした中で、加賀屋では部屋食を廃して価格帯を下げた姉妹館「あえの風」をオープンしたり、日帰りプランを導入したりするなど、顧客層の拡大に次々と手を打っている。

生き残りというか、勝ち残りへ積極的な戦略経営を展開しているのである。台湾進出もその一環であり、成功すれば次なる展開も考えているという。小田は根性が座っているだけでなく、端倪(たんげい)すべからざる経営者というべきだろう。

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